加藤清正の年表
Kato Kiyomasa|歴史上の人物|1562年生まれ
安土桃山〜江戸初期の武将・大名で、肥後熊本藩の初代藩主。豊臣秀吉の子飼いの家臣で「賤ヶ岳の七本槍」の一人。新田開発や治水工事で実績を上げ、熊本では「清正公さん」として親しまれている。
加藤清正は何歳のとき何をした?
- 11歳(1573年):羽柴秀吉に小姓として仕える
- 20歳(1582年):冠山城攻めで一番乗りを果たし、敵将を討ち取る
- 21歳(1583年):賤ヶ岳の戦いで敵将・山路正国を討ち、「賤ヶ岳の七本槍」の一人として3,000石を与えられる
- 26歳(1588年):肥後北半国19万5,000石を与えられ、隈本城に入る
- 29歳(1591年):隈本城の改修に着手し、後の熊本城とする
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