Beat Takeshi|アーティスト・作家|1947年生まれ
漫才コンビ「ツービート」で漫才ブームを牽引したお笑いタレントであり、本名の北野武名義で世界的に評価される映画監督でもある。
1947年、東京都足立区に生まれる。本名は北野武。塗装職人の父のもとで育ち、教育熱心な母の薦めで明治大学工学部機械工学科に進んだ。同級生には後にプロ野球で活躍する星野仙一がいる。しかし大学生活になじめず、新宿のジャズ喫茶に入り浸る日々を送るうちに除籍となった。1972年、浅草のフランス座でエレベーターボーイとして芸人の世界に飛び込み、座長の深見千三郎に師事してコントとタップダンスを学ぶ。アドリブを駆使した独特の間と言葉の拾い方は、この修業のなかで培われた。
フランス座で出会った兼子二郎と漫才コンビ「ツービート」を結成。たけしの速射砲のようなしゃべりと、時事性の高い話題を取り込んだシニカルな毒舌漫才で頭角を現し、1980年からの漫才ブームで一躍人気者となった。「赤信号みんなで渡れば怖くない」などの一連の「毒ガス標語」は定番ネタとなり、「コマネチ!」のギャグも生まれる。『THE MANZAI』『オレたちひょうきん族』などに出演し、明石家さんま、タモリとともに「お笑いBIG3」と呼ばれる存在になった。社会を斜めから切り取る視点は、その後の幅広い活動の核であり続ける。
1980年代後半からは俳優、そして映画の脚本家・監督としての活動を本格化させる。1989年の『その男、凶暴につき』で監督デビューし、乾いた暴力描写と独特の静けさをたたえた作風で国際的な注目を集めた。1997年の『HANA-BI』ではベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞し、世界の「Takeshi Kitano」として評価を確立する。以後、国外では「Takeshi Kitano」名義で作品が広く知られ、2010年にフランス芸術文化勲章コマンドゥール、2016年にレジオン・ドヌール勲章オフィシエ、2018年に旭日小綬章を受章した。
漫才ブームのさなかの1980年にはネタ本が約85万部を売り上げる大ヒットとなり、時代を切り取る言葉のセンスの高さを示した。映画では乾いた暴力と静謐な抒情を併せ持つ独特の作風を貫き、コメディ、青春群像、時代劇まで幅広い題材を手がける。俳優としても国内外の作品に出演し、テレビではバラエティの司会からニュースキャスターまでこなす。歯に衣着せぬ社会批評と、繊細な美意識とが同居する稀有な表現者として、笑いと映画の両分野で日本を代表する存在であり続けている。
明治大学を中退同然に離れ、ジャズ喫茶のボーイなど職を転々としながら浅草の劇場で下積みを重ねた日々は、市井の人々を見つめるその視点の源泉となっている。時事を鋭く切り取る毒舌と反骨精神で漫才ブームを駆け抜ける一方、本名の北野武としては映画で深い抒情を描き出す――その二面性こそが、ビートたけしという稀代の表現者の魅力である。テレビの司会やニュースキャスターとしても独自の存在感を放ち、世代を越えて敬意を集めている。