Erwin Rommel|歴史上の人物|1891年11月15日生まれ
エルヴィン・ロンメルは、第二次世界大戦で活躍したドイツの陸軍軍人である。1891年に生まれ、卓越した戦術眼と電撃的な進軍で連合国軍を圧倒した。特に50歳で北アフリカ戦線の司令官に任命されると、数劣る兵力で勝利を重ね、「砂漠の狐」として敵味方の双方から畏敬の念を集めた。騎士道精神を重んじた前線の指揮官として知られ、トブルク攻略後には51歳の若さで元帥に昇進し、軍事史にその名を刻んだ。
1941年、北アフリカの灼熱の地に一人の将軍が降り立った。エルヴィン・ロンメル、当時50歳。彼に与えられた任務は、同盟国イタリア軍の苦境を救うための「ドイツアフリカ軍団」の指揮であった。当時のドイツ軍にとってアフリカはあくまで副次的戦域に過ぎなかったが、ロンメルはこの地を自らの伝説を築く舞台へと変変貌させた。彼は指揮官車を最前線に走らせ、自らの目で戦況を把握し、即座に命令を下す「前線指揮」を徹底した。その神出鬼没な進撃と、地雷や地形を巧みに利用した戦術は、対峙するイギリス軍を大いに翻弄した。
イギリス軍は、いつどこから現れるかわからない彼の軍勢を恐れ、敬意を込めて彼を「砂漠の狐」と呼んだ。ロンメルの戦い方は、単なる軍事的な勝利だけではなく、騎士道精神に基づいたクリーンなものであったという逸話も多い。捕虜の待遇を改善し、水や物資が乏しい砂漠環境において、敵兵であっても人間としての尊厳を損なわないよう配慮した。こうした振る舞いが、戦後もなお彼が「悲劇の英雄」として語り継がれる要因の一つとなっている。
ロンメルの軍事キャリアの絶頂は、1942年のトブルク攻略において訪れる。リビアの港湾都市トブルクは、補給路を確保する上で極めて重要な要衝であり、イギリス軍の強固な要塞戦力が展開していた。51歳となったロンメルは、限られた物資と兵力を集中運用し、緻密かつ大胆な包囲作戦を敢行。難攻不落と思われたこの地をわずか一日で陥落させたのである。この劇的な勝利により、彼はドイツ軍史上最年少の51歳で元帥の地位へと上り詰めた。ドイツ国内ではプロパガンダの象徴として英雄視され、その人気は総統をも凌ぐほどであった。
しかし、元帥昇進後の戦況は、補給不足と連合軍の圧倒的な物資量の前に暗転していく。エル・アラメインの戦いでの敗北、そして後に巻き込まれることになるヒトラー暗殺計画への関与疑惑など、彼の晩年は波乱に満ちていた。1944年、ナチス政権から自決を強要される形でその生涯を閉じることになるが、彼が砂漠で見せた軍事的天才性は色褪せることがない。不毛の砂漠で縦横無尽に駆け抜けたロンメルの足跡は、今もなお戦術学の模範として、そして誇り高き軍人の肖像として歴史に深く刻まれている。