坂上忍の年表

Shinobu Sakagami|アーティスト・作家|1967年生まれ

「天才子役」と呼ばれた子役出身の俳優・タレント。情報番組の司会や歯に衣着せぬ物言いで知られる。

坂上忍の人生紹介

「天才子役」として

1967年、東京都杉並区に生まれる。兄が劇団に所属していた縁で、2歳8か月で劇団若草に入り、子役としてデビュー。石井ふく子プロデュース作品などで頭角を現し、世間では「天才子役」と評された。しかし家庭では父の事業失敗による多額の借金を抱え、暴力団が取り立てに来るような環境で育つ。15歳のときに両親が離婚し、母に引き取られたが、母が父の連帯保証人だったため、1億円以上の借金返済のために子役の仕事を続けざるを得なかった。母も仕事を掛け持ちして働き、有名人ゆえの苦悩から自殺を考えたことも一度ではなかったという。

俳優から多彩な活動へ

泣く芝居は得意でも笑う芝居が苦手で、早く子役をやめたいと願っていた。役者から逃げる口実として1984年には一時ロック歌手に転身するが、取材の多さに苦痛を感じる。子役イメージから抜け出すのにも苦しんだが、1988年の映画『クレイジーボーイズ』のヤクザ役が転機となった。映画監督の相米慎二から「自分で考えろ」と言われたことが毒舌キャラクターの原点になったと語る。1997年には自ら映画監督も務め、演出や執筆など活動の幅を広げていった。

「お昼の顔」へ

2012年、『笑っていいとも!』で放った毒舌がきっかけでバラエティ番組への出演が急増。2014年に始まった『バイキング』の月曜MCを経て、翌年には総合MCに抜擢され、「フジテレビのお昼の顔」となった。歯に衣着せぬ物言いで賛否を呼びつつも、情報番組の司会者として確固たる地位を築く。近年は動物保護施設「さかがみ家」を開くなど動物愛護活動にも力を注ぐ。子役時代から波乱に満ちた人生を歩みながら、俳優・タレント・演出家・映画監督と多彩な顔を持つ表現者である。

子役として放置されがちだった幼少期に、女優の長山藍子から母のように可愛がられたことを今も恩義に感じ、「母さん」と慕っているという。火野正平や相米慎二ら、人生の節目で支えた人々への思いを率直に語る一面も持つ。過去には飲酒運転による事故という不祥事も起こし、その反省と向き合いながら歩んできた。歯に衣着せぬ物言いで批判を浴びることもあるが、人生経験に裏打ちされた率直さと、動物や後進への温かなまなざしを併せ持つ。

2歳8か月で芸能界に入り、天才子役ともてはやされながら、家庭の借金という過酷な現実のなかで子役を続けた半生は、波乱に満ちている。俳優、歌手、映画監督、演出家、そして情報番組の司会者と、時代ごとに姿を変えながら表現の場を切り拓いてきた。歯に衣着せぬ物言いで注目を集める一方、動物保護や寄付など、弱い立場への温かなまなざしも併せ持つ。苦労を知る人間ならではの率直さと情の深さをにじませながら、多方面で活動を続ける稀有なタレントとして、独自の立ち位置を築いている。波乱の半生で培った人間味が、その唯一無二の存在感を支えている。

坂上忍は何歳のとき何をした?

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