Nebuchadnezzar II|歴史上の人物|-634年生まれ
ネブカドネザル2世は、新バビロニア王国の最盛期を築いた偉大な王である。紀元前605年に即位すると、軍事と建築の両面で圧倒的な手腕を発揮した。彼はエルサレムを征服してユダ王国を滅ぼし、バビロン捕囚を行ったことで聖書にもその名を刻んでいる。一方で、世界の七不思議の一つである空中庭園を建設するなど、首都バビロンを当時の世界最大級の都市へと変貌させた、古代メソポタミアを代表する統治者である。
新バビロニア王国の第2代王として即位したネブカドネザル2世は、メソポタミアの歴史において最も強大で、かつ文化的な王の一人であった。紀元前605年、父ナボポラッサルの後を継いで29歳で玉座に就いた彼は、即位直後から帝国の拡大に向けた野心的な軍事遠征を開始する。彼の軍隊は肥沃な三日月地帯を席巻し、エジプトの影響力を排除して西アジアの覇権を確固たるものにした。特に歴史に深い爪痕を残したのが、紀元前586年のエルサレム攻略である。48歳を迎えた彼は、反抗を繰り返すユダ王国を徹底的に鎮圧し、聖なるソロモン神殿を破壊した。この際に行われた「バビロン捕囚」は、ユダヤ人の歴史と宗教観に決定的な変革をもたらす出来事となり、彼は旧約聖書において「神の杖」とも「暴君」とも評される不朽の存在となった。
しかし、彼の真の情熱は破壊よりもむしろ建設にあった。ネブカドネザル2世はバビロンを、世界でも類を見ない美しさと堅牢さを備えた大都市へと造り替えたのである。彼は青い釉薬瓦で彩られた荘厳な「イシュタル門」を築き、主神マルドゥクのために巨大なジッグラト、エ・テメン・アン・キを再建した。これが後に「バベルの塔」の伝説のモデルになったと言われている。彼の統治下でバビロンは、富と知性が集まる世界の中心地へと変貌し、人々に「諸王の王」としての威厳を知らしめたのである。
武功と都市計画に明け暮れたネブカドネザル2世の私生活において、最も有名な伝説が「バビロンの空中庭園」の建設である。即位からわずか5年後の34歳の頃、彼は故郷メディア王国の緑豊かな山々を懐かしむ王妃アミュティスのために、乾燥したバビロンの地に巨大な人工の山を築いたと伝えられている。この庭園は、何段にも重なるテラスに多様な樹木や花々が植えられ、ユーフラテス川から水を汲み上げる高度な灌漑システムを備えていた。熱風が吹き抜けるメソポタミアの平原に、突如として緑の要塞が現れたその光景は、後に「世界の七不思議」の一つに数えられるほど、当時の人々に衝撃を与えた。
ネブカドネザル2世は単なる征服者ではなく、自らが愛する者や神々のために理想の世界を現出させようとした創造主でもあった。彼の43年間にわたる長期政権は、軍事的な緊張感と文化的な成熟が共存する、稀有な黄金時代であったといえる。紀元前562年に彼が没したのち、新バビロニアは急速に衰退へと向かうが、彼が築いたバビロンの城壁やその伝説は、数千年の時を超えて、今なお人類の記憶に深く刻まれている。彼はまさに、古代オリエントにおける最強の覇者であり、最後の偉大なるバビロニア王であった。