Cyrus the Great|歴史上の人物|-600年生まれ
キュロス大王は、アケメネス朝ペルシアを建国し「諸王の王」と称された古代オリエントの英雄である。紀元前539年にバビロンを無血開城させた際、バビロン捕囚の身であったユダヤ人を解放し、各民族の信仰や風習を尊重する寛容な統治を行った。彼の理念が刻まれた「キュロス・シリンダー」は世界最古の人権宣言とも評され、武力だけでなく人道的な精神によって広大な帝国を維持した稀代の政治家として知られる。
紀元前6世紀、不毛な土地であったペルシアから立ち上がった一人の男が、当時の世界秩序を根底から塗り替えた。キュロス大王である。彼は紀元前550年頃にメディア王国を打ち倒すと、リディア、新バビロニアといった強国を次々と平定し、史上稀に見る広大な帝国を築き上げた。しかし、キュロスを単なる征服者として終わらせなかったのは、その特異な統治哲学にある。
当時の征服戦争といえば、略奪と虐殺、そして異民族の強制移住が常態化していた。だがキュロスは、紀元前539年に史上最大の都市バビロンを陥落させた際、兵士たちに略奪を禁じ、民衆の生活を守ることを約束した。彼はバビロンの守護神マルドゥクへの崇拝を公に認め、征服される側を恐怖で支配するのではなく、正当な後継者として受け入れられる道を選んだのである。この「寛容」こそが、多様な民族が共存する多民族帝国アケメネス朝の礎となった。
キュロスが成し遂げた最も偉大な業績の一つが、バビロン捕囚からのユダヤ人解放である。彼は長年捕らわれの身であったユダヤ人に対し、エルサレムへの帰還と神殿の再建を許可した。この事績により、彼は異教徒でありながら旧約聖書において「主の油注がれた者(メシア)」と讃えられる唯一の人物となった。宗教の自由を認め、各民族の魂を尊重する彼の姿勢は、古代の世界においては驚異的な先見性であったと言わざるを得ない。
この精神を象徴するのが、今日「世界最古の人権宣言」とも称される「キュロス・シリンダー(円筒形碑文)」である。そこに刻まれたのは、強制労働の廃止、信仰の自由、そして全ての民が自らの土地に戻る権利であった。キュロスの統治は、武力による威圧ではなく、被統治者の権利を守ることによって平和を維持する「法の支配」の先駆けであった。彼が55歳頃に確立したこれらの人道的な理念は、後世のアレクサンドロス大王やローマ帝国、さらには近代の人権思想にまで多大な影響を与えた。キュロス大王は、最強の戦士であると同時に、人間性という名の光を歴史に灯した偉大な賢者であったのだ。