Masahiro Nakai|アーティスト・作家|1972年生まれ
国民的アイドルグループSMAPのリーダーとして活動し、解散後はバラエティの司会者としても第一線で活躍した元タレント。
1972年、神奈川県藤沢市に生まれる。3人兄弟の末っ子で、少年時代は読売ジャイアンツの選手を夢見て少年野球に打ち込むが、小学校卒業を前に肘を故障して野球を断念した。中学時代、校内にジャニーズ事務所所属の生徒がいたことをきっかけに友人らと応募し、唯一書類選考を通過して1987年に入所。翌1988年に結成されたSMAPの最年長メンバーとしてリーダーを務める。1989年にドラマ『時間ですよ平成元年』で俳優デビューし、1991年にはSMAPとしてCDデビューを果たした。グループは歌にドラマにバラエティにと活躍の場を広げ、国民的アイドルへと成長していく。
中居は早くから司会者としての才能を発揮する。1996年開始の『SMAP×SMAP』では人気コーナー「BISTRO SMAP」の進行役を担い、1997年には25歳という男性歴代最年少でNHK紅白歌合戦の白組司会に抜擢された。紅白の司会は通算6回を数える。『FNS27時間テレビ』の総合司会を通算8回務めるなど、生放送をさばく力は高く評価された。2004年からはオリンピックのメインキャスターを8大会連続で担当し、野球の侍ジャパンでは日本プロ野球史上初の公認サポートキャプテンも務めている。
2016年末にSMAPが解散するとソロタレントとなり、2020年には独立して個人事務所を設立。バラエティ番組の司会者として引き続き活躍した。幼少期の貧しさから物を長く大切に使う倹約家で、庶民的な人柄や、故郷・藤沢への深い愛着でも知られる。しかし2024年末に発覚した女性トラブルを巡る騒動により出演番組が相次いで終了し、2025年1月をもって芸能界を引退した。長年にわたりテレビの中心で輝いた、一時代を象徴する司会者の一人である。
歌・ドラマ・バラエティ・司会のすべてをこなすマルチな活動で、SMAPを国民的グループへと押し上げる原動力となった。1995年の『味いちもんめ』で連続ドラマ初主演を飾るなど俳優としても活動し、写真集が年間ランキング上位に入るほどの人気を誇った。司会業では、生放送での的確な進行と、出演者を立てながら場を温める気配りに定評があった。「好きな人も苦手な人も作らない」という独自の処世術を語るなど、長く第一線に立ち続けるための流儀を持っていたことでも知られる。
オリンピックや野球の国際大会など、スポーツ中継のキャスター・サポーターとしても長く親しまれ、熱量のこもった進行で視聴者を引き込んだ。古いものを直しながら使い続ける徹底した倹約家ぶりや、庶民的な食の好みなど、スターでありながら飾らない素顔も広く知られている。少年野球で挫折を味わった原体験や、故郷・藤沢への強い愛着を折にふれて語る姿も印象的だった。SMAPのリーダーとして、また一流の司会者として、平成のテレビ史に大きな足跡を残した一人であることは間違いない。