Sanma Akashiya|アーティスト・作家|1955年生まれ
タモリ・ビートたけしと並ぶ「お笑いBIG3」の一人とされる、日本の国民的お笑いタレント・司会者。
1955年、和歌山県東牟婁郡古座町(現・串本町)に生まれ、奈良県奈良市で育つ。本名は杉本高文。3歳で母を病死で亡くし、継母との間に溝を抱えた少年時代を過ごした。小学生のときにムササビを捕まえて話題になったという。高校時代は授業を妨害するなど学校中の人気者で、落語のコピーや漫談を披露しては才能を発揮。その才能に驚いた教師に「吉本入れ」と言われたことで芸能界に興味を持つ。1974年、高校3年のときに花月劇場で見た新作落語に惹かれて落語家・2代目笑福亭松之助に弟子入りし、師匠の本名を冠した亭号「明石家」を名乗って再出発した。同期の島田紳助とはイベント司会などで活動を共にし、紳助・竜介の結成にも一役買っている。
師匠の推薦でタレントに転向し、兄弟子との漫才で披露したプロ野球・小林繁の形態模写が受けてレコード化もされ、関西を中心にアイドル的な人気を高めていく。桂三枝の番組『ヤングおー!おー!』で「チャッピー」の愛称で頭角をあらわし、1980年代には『オレたちひょうきん族』に主要レギュラーとして出演した。1986年から87年にかけて主演したドラマ『男女7人夏物語』『男女7人秋物語』はいずれも最高視聴率30%を超え、名実ともに国民的スターとなる。1987年には『第1回FNS27時間テレビ』の総合司会をタモリと務め、これを機にタモリ・ビートたけしと「お笑いBIG3」と称されるようになった。
1985年、いつも使っていた日本航空123便が墜落事故を起こしたが、収録日の変更で難を逃れた。この経験から生まれた座右の銘が「生きてるだけで丸儲け」であり、娘IMALUの名の由来にもなっている。1988年に女優の大竹しのぶと結婚し翌年に娘が誕生、1992年に離婚した。『笑っていいとも!』でのタモリとの雑談コーナーや、『さんまのからくりTV』『恋のから騒ぎ』など長寿の冠番組を多数抱え、1996年には『古畑任三郎』にゲスト出演して高視聴率を記録するなど話題を呼んだ。好感度調査でも長年上位を占め、テレビ誕生以来もっとも長く第一線で活躍するタレントの一人とされる。
1987年にはファミコン用ソフト『さんまの名探偵』が発売されて人気を博すなど、その存在はゲームにも及んだ。加古川市民会館で、大トリのやすきよの到着が遅れた際にザ・ぼんちと1時間半も舞台をつないだ経験を「芸人が汗かくと感動する」特別な思い出として語るなど、舞台人としての矜持も厚い。1987年開始の『FNS27時間テレビ』には全回出演し「ミスター27時間テレビ」とも呼ばれる。番組企画や構成では本名の杉本高文名義でクレジットされることもあり、笑いにかける情熱で時代を駆け抜けてきた国民的スターである。その軽快なトークと笑いへの飽くなき探究心で、世代を超えて愛され続けている。