Geronimo|歴史上の人物|1829年6月16日生まれ
ジェロニモ(ゴヤクラ)は、19世紀アメリカにおいてアパッチ族の抵抗を象徴した戦士である。29歳の時にメキシコ軍の急襲によって最愛の家族を失い、復讐のために戦士の道を歩み始めた。神出鬼没のゲリラ戦術で米墨両軍を翻弄し、「不屈の抵抗者」として恐れられた。57歳で米軍に最終的な降伏を果たすまで、部族の自由と尊厳を守るために過酷な南西部の荒野で闘い続けた伝説的人物である。
ジェロニモ、本名ゴヤクラは、1829年に現在のニューメキシコ州近辺で生まれた。彼が戦士としての運命を決定づけられたのは、1858年、29歳の時であった。市場で交易をしていた際、メキシコ軍の奇襲によって母、妻、そして三人の子供を一度に皆殺しにされたのである。深い絶望と怒りに震えた彼は、アパッチの守護霊から「いかなる武器もお前を傷つけることはない」という啓示を受けたと信じ、復讐の鬼と化した。名高き「ジェロニモ」という名は、彼に恐怖したメキシコ兵が、聖ジェロームの名を呼び助けを求めたことに由来すると言われている。
彼は部族の長ではなかったが、その卓越した戦略眼と鋼の意志によって多くの戦士を率いるリーダーとなった。乾燥した砂漠や険しい岩山という過酷な自然環境を味方につけ、神出鬼没のゲリラ戦を展開した。少人数の部隊でありながら、数千人規模の米軍正規兵を翻弄し続けたその戦術は、現代の特殊作戦にも通ずる高度なものであった。彼にとっての戦いは単なる殺戮ではなく、侵略者によって蹂躙される自分たちの土地と、誇り高き伝統を守るための聖戦だったのである。
しかし、アメリカ合衆国の西進政策という巨大な歴史のうねりを、一介の部族が押しとどめることは不可能に近かった。鉄道の敷設や電信網の発達は、アパッチの移動範囲を狭め、補給路を断っていった。1886年、57歳になったジェロニモは、ついに米軍に対して最終的な降伏を宣言する。これはアメリカにおけるインディアン戦争の事実上の終結を意味していた。彼を捕らえ、制圧するために動員された兵力は米軍全体の約4分の1に相当したと言われており、一人の人間がいかに強大な国家を震撼させたかを物語っている。
晩年の彼は捕虜としての身分でありながら、万国博覧会に出席したり、大統領の就任パレードに招かれたりと、なかば「生きた伝説」として扱われた。しかし、彼が心から望んだ故郷アリゾナへの帰還は、死ぬまで叶うことはなかった。1909年、オクラホマの地で没した際、彼は最後まで自らの部族が失った自由を惜しみ続けたという。ジェロニモという名は、単に一人の戦士の記憶に留まらず、圧倒的な力に抗い続けた「自由への執念」の象徴として、今なお多くの人々の心に刻まれている。