渡辺謙の年表

Ken Watanabe|アーティスト・作家|1959年生まれ

大河ドラマ主演で名を馳せ、闘病を越えてハリウッドでも活躍する世界的な日本人俳優。

渡辺謙の人生紹介

政宗で駆け上がる

渡辺謙は1959年、新潟県北魚沼郡広神村に生まれた。教師の両親のもとで育ち、高校では吹奏楽部でトランペットを担当。音楽大学進学を目指すも学費の問題で断念し、観劇で演劇に感銘を受けて1979年に演劇集団 円の研究所に入所した。1982年にテレビデビュー、1984年には映画『瀬戸内少年野球団』で映画デビューを果たす。1987年のNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』で伊達政宗を演じ、平均視聴率39.7%という大河史上最高の数字を記録して一躍スターダムに上り詰めた。

日本国外の映画・ドラマ・舞台・CMと幅広く活動し、世界的に知名度の高い日本人俳優の一人である。出演作のほとんどで自ら吹き替えを務めるほど英語に習熟し、ロサンゼルスや軽井沢に生活の拠点を移してきた。2023年の日本シリーズを全試合現地観戦するなど、熱烈な阪神タイガースファンぶりでも親しまれている。

闘病を越えて

前途洋々に見えた1989年、映画の撮影中に急性骨髄性白血病を発症し降板。生命も危ぶまれたが約1年の闘病を経て復帰し、治療を続けながら『仕掛人・藤枝梅安』などで活動を続けた。再発も乗り越え、30代の終わりからは『御家人斬九郎』などの人気シリーズを手放し、悪役やダメ男役など新たな役柄にも積極的に挑んで俳優としての幅を広げていった。

世界へ

2003年、アメリカ映画『ラスト サムライ』で第76回アカデミー賞助演男優賞などにノミネートされ、世界的な評価を得る。以後ロサンゼルスを拠点に『バットマン ビギンズ』『SAYURI』『インセプション』『GODZILLA ゴジラ』などに出演。2006年には自ら映画化を熱望した『明日の記憶』で日本映画初主演を務め、クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』で海外映画初主演を飾った。2009年の『沈まぬ太陽』で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞し、2015年にはブロードウェイミュージカル『王様と私』でトニー賞主演男優賞にノミネートされた。2016年には胃がんの手術を受けたが復帰し、東日本大震災後には気仙沼にカフェを開くなど被災地支援も続けている。熱狂的な阪神タイガースファンとしても知られ、長女の杏、長男の渡辺大も俳優として活動している。

出演作を選ぶ基準について「自分の心の針が振れるかどうかで素直に選ぶ」と語る。無類の蕎麦好きで、故郷新潟の「へぎそば」を好むなど素朴な一面も知られる。湾岸戦争の折に新聞へ意見を投稿するなど社会への発言も辞さず、熊井啓監督からは初対面で石原裕次郎や吉永小百合に通じるスター性を感じたと評された。東日本大震災の被災地支援にも長く取り組み、宮城県気仙沼市にカフェを開くなど、俳優業の枠を越えた活動でも知られる。乗馬やゴルフ、料理を趣味とし、無類の蕎麦好きとしても知られるなど、素朴な一面もあわせ持つ。

渡辺謙は何歳のとき何をした?

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