Hiroiki Ariyoshi|アーティスト・作家|1974年生まれ
一発屋からの転落と再起を経て、数々の冠番組を持つMC・司会者となった日本のお笑いタレント。
1974年、広島県安芸郡熊野町に生まれる。1993年、高校在学中にテレビの弟子審査会に合格してオール巨人に弟子入りするが、兄弟子との喧嘩が原因で謹慎となり無断で離れる。1994年に同級生の森脇和成とコンビ『猿岩石』を結成して上京、1995年に太田プロダクションでデビューした。1996年、『進め!電波少年』のヒッチハイクの旅企画が話題を呼び、デビューシングル『白い雲のように』が芸人として異例のミリオンセラーを記録して大ブレイク。しかし人気は長く続かず、その後7〜8年は広島のローカル局以外に仕事がほとんどない不遇の時代を過ごした。ブレイク時の貯蓄を切り崩す生活で、上島竜兵ら「竜兵会」の仲間の世話になっていたという。のちにオール巨人とは再会の際に土下座して謝罪し、正式に破門となった逸話も残る。
2004年に猿岩石を解散してピン芸人に転向。『内村プロデュース』などリアクション芸で足がかりをつかんだ。有吉自身はウッチャンナンチャンやさまぁ〜ずを「命の恩人」と呼んでいる。2007年、『アメトーーク!』で共演者に毒を含んだあだ名を命名した「おしゃクソ事変」が話題を呼び、毒舌・あだ名芸人として人気を得て再ブレイクを果たす。瞬時に人物の特徴を捉える命名は「芸」と評され、内外から高く評価された。千原ジュニアは、毒舌の後に必ず笑って相手を本気で怒らせない有吉のしたたかな芸風を評している。
その後は司会業へと軸足を移し、2019年には主要テレビ局すべてに冠番組を持つという快挙を、冠番組のみで史上初めて達成した。2桁に及ぶ冠番組から「バラエティ番組の帝王」とも称される。2012年から2020年まではTwitterのフォロワー数が最も多い日本人でもあった。2023年からは3年連続でNHK紅白歌合戦の司会を務めている。『嫌われない毒舌のすすめ』などの著書もあり、広島県観光大使も務める。広島東洋カープの熱狂的なファンで、長距離の散歩を趣味とする。妻は元フリーアナウンサーの夏目三久で、2児の父である。
一時は頂点を極めながら最底辺まで落ちた経歴ゆえに「悪口を言っても許される」強力な免罪符を持つ芸人だと評され、関根勤は「さんまやたけしに次ぐ芸能界の新しい柱になり得る」と評価した。2022年の『第73回NHK紅白歌合戦』では、純烈の応援ゲストとして猿岩石時代に果たせなかった「白い雲のように」を歌唱。同期には劇団ひとりやビビる大木がいる。あだ名芸から始まった再起は、全局に冠番組を持つ司会者という唯一無二の地位にまで到達しており、苦境をバネにした粘り強さがその独特の毒舌芸を支えている。的確なツッコミとMC力で現在のバラエティ界を代表する存在となり、その再起の物語自体が多くの人を勇気づけてきた。太田プロダクションに所属している。