山田孝之の年表

Takayuki Yamada|アーティスト・作家|1983年生まれ

繊細な役からワイルドな役まで幅広く演じ、映画監督・プロデューサーとしても活動する日本の俳優。

山田孝之の人生紹介

美少年俳優としてのデビュー

1983年、沖縄県那覇市に生まれ、鹿児島県川内市(現・薩摩川内市)で育つ。1998年、中学3年の2学期終業後に家族で上京し、1999年にドラマ『サイコメトラーEIJI2』で俳優デビューを果たした。デビュー前はスカウトマンが女の子と間違えるほどの美少年で、本人はそれにコンプレックスを抱いており、男らしくなりたいと自身の顔を叩いて髭を濃くしようと努めたという。歌手のSAYUKIと女優の椿かおりは実姉にあたる。2002年にはシングルでCDデビューも経験している。2003年、『WATER BOYS』でテレビドラマ初主演を飾り、2004年にエランドール賞新人賞を受賞して注目を集めるようになった。北海道テレビ『水曜どうでしょう』のファンで、長澤まさみのファンであることも公言している。

『電車男』とワイルドな転身

2005年、映画『電車男』で名実ともに単独初主演を果たす。2007年に公開された映画『クローズZERO』からはワイルドな役を演じるようになり、長髪と無精髭でそれまでと違った一面を見せた。以降『闇金ウシジマくん』シリーズなどで自毛の髭キャラを演じ続け、硬軟自在の役幅を印象づける。2010年にはアメリカの業界誌で「世界の注目俳優10人」の一人に日本人として唯一紹介され、2011年にはニューヨーク・アジア映画祭でライジングスター賞を日本人で初めて受賞した。福田雄一監督の『勇者ヨシヒコ』シリーズは、事務所を通さず本人に直接届いた出演依頼に数分で返信したことから実現したという逸話も残る。

監督・プロデューサーへ

2014年にはミュージカル『フル・モンティ』で初舞台を踏み、2016年にはMVの監督を務めるほか、EC関連企業を設立して取締役に就任、赤西仁とユニット「JINTAKA」も結成するなど活動の幅を広げた。2019年には綾野剛・内田朝陽とバンド「THE XXXXXX」も結成している。『山田孝之の東京都北区赤羽』『山田孝之のカンヌ映画祭』など自らを題材にした実験的なドキュメントドラマでも知られ、映画監督・プロデューサーとしての顔も持つ。近年は沖縄在住を公表している。スターダストプロモーションに所属。

2016年には赤西仁とユニット「JINTAKA」を結成してCDデビューし、EC関連企業の取締役に就任するなど、俳優業以外にも活動を広げた。歌手のSAYUKIと女優の椿かおりは実姉にあたり、椿とは主演映画で偶然共演したこともある。北海道テレビ『水曜どうでしょう』や長澤まさみのファンを公言し、SNSを突然削除するなど自由な振る舞いでも知られる。繊細な好青年からワイルドな髭面まで、硬軟自在の役幅で日本映画・ドラマに欠かせない存在となっており、表現への飽くなき探究心が監督・プロデューサー業へと彼を向かわせている。役のためには減量や風貌の変化もいとわない徹底ぶりで知られる。

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