Corazon Aquino|歴史上の人物|1933年1月25日生まれ
コラソン・アキノは、フィリピン史上初、そしてアジア初の女性大統領である。1983年に政敵マルコス政権下で夫ニノイを暗殺された悲劇を機に、反政府運動の象徴となった。1986年の「ピープルパワー革命」では、非暴力の抗議活動を主導して独裁体制を瓦解させ、民主化の英雄として歴史に名を刻んだ。その穏やかながらも不屈の意志は、黄色い衣装と共に自由を求める人々の希望の光となった。
1983年8月21日、マニラ国際空港の滑走路に響いた銃声が、フィリピンの運命を決定づけた。独裁者フェルディナンド・マルコスによる苛烈な権威主義体制に抗い、米国から帰国した直後に暗殺されたベニグノ・「ニノイ」・アキノ。その妻であったコラソン・アキノ、愛称「コリー」は、それまで政治の表舞台とは無縁な主婦として夫を支える存在であった。しかし、夫の殉教という衝撃的な事件は、彼女を静かな隠居生活から激動の政治闘争の渦中へと突き動かすことになった。
50歳にして夫の遺志を継ぐ決意を固めた彼女は、悲しみと怒りに燃える国民の代表として反政府運動の指導者に祭り上げられた。彼女のまとう「黄色」は、夫の帰還を待つリボンの色に由来し、やがて独裁に反対する人々の連帯を表す象徴的な色となった。コラソンはマルコスによる圧政を糾弾し、軍事力や金権政治ではなく、国民の良心に訴えかける「祈りと非暴力」の姿勢を貫いた。主婦としての日常性と、独裁に屈しない強靭な精神を併せ持つ彼女の姿は、恐怖政治に怯えていた国民に変化への勇気を与えたのである。
1986年の大統領選挙において、大規模な不正を働いたマルコスに対し、コラソンは国民と共に不服従運動を展開した。この緊迫した状況下で、軍の一部が離反して決起すると、彼女はラジオを通じて市民に呼びかけた。「私たちにできる最善のことは、外に出て軍を支えること、そして平和を守ることです」。この呼びかけに応じ、数十万人の市民がエドゥサ通りに溢れ、戦車を花の首飾りと祈りで立ち止まらせた。これが「ピープルパワー革命」と呼ばれる歴史的瞬間である。
1986年2月25日、53歳のコラソンはフィリピン初の女性大統領として就任宣誓を行い、20年にわたる独裁体制に終止符を打った。彼女の大統領就任は、単なる政権交代ではなく、フィリピンにおける民主主義の回復、そして新しい憲法の制定へと繋がる希望の夜明けであった。就任後の政情は軍の反乱や経済不安など多難の連続であったが、彼女は任期を全うし、次期大統領への平和的な権力委譲を実現した。アジアにおける女性リーダーの先駆けとなり、非暴力の力で平和を勝ち取ったコラソン・アキノの歩みは、今なお世界中の人権運動家や民主化を願う人々の教訓として輝き続けている。